2023/02/24 14:19
当店オンラインショップで取り扱いの能登牡蠣白味噌鍋の鍋スープは白味噌と田舎味噌を使用した特製白味噌スープですが、味噌について何回かに分け記事にしてみたいと思います。
※「味噌大全」:渡邊敦光監修を参考にしております。
1.日本における味噌の歴史
味噌の前身は中国から渡ってきた鳥獣の肉や魚肉を原料とした「醤」、朝鮮半島から伝来した「未醤」が、日本の味噌に進化してきたのではないかと言われております。また日本でも縄文時代には狩猟、漁猟、農耕で糧を得ており、塩の中に漬け込むことで腐敗を防ぎつつ、塩分で味付けをしていたり、米による酒造りも行われていたりと日本独自の発酵調味料も相まって融合した結果、日本の独自の発酵食品「味噌」があるといわれているそうです。
日本国内で「味噌」が登場するのは平安時代になってからで、それ以前は、醤・未醤の名で租税として国庫に納められていたそうです。また今では食卓に欠かせない味噌汁のルーツは鎌倉時代に遡ると言われます。贅沢はしてはならぬとされた武士の活動にエネルギーを得るために味噌が使われるようになり、味噌汁が定番になったのが味噌汁の始まりのようです。庶民に浸透し始めたのは室町時代で、原料の大豆が量産化したことなどが理由で、庶民の生活に根付いたのは江戸時代に入ってからだそうです。味噌のある生活が当たり前になってから400年程経っていますね。
戦後は栄養改善のための施策が行われ、そのうちの一つに給食の開始がありました。小学生を対象に主食をパンに、メインの副菜を動物性食品とした給食が供されるようになったことなどもあり、洋風の食事を好む傾向にもなったものの、学童の体格が飛躍的に向上しました。ところがまた近年、洋風食メインの傾向は薄らぎつつあります。それは高血圧や糖尿病など生活習慣病の増加や、戦前には少なかった大腸がんの増加に伴う食生活の見直しが行われるようになり、和食が人の体に優しい健康的な食事であることがわかってきたからです。スローフード運動(その土地の伝統的な食文化や食材を見直す運動)、和食のユネスコ登録などもあり、味噌も再評価され、1975年以降味噌の生産量は40万トンから大きな変化がありません。
味噌の歴史についてブログを書いてみましたが、日本人にとって保存食に始まり、武士のエネルギー源として重宝され、また江戸時代以降は庶民の生活に根付いてきました。近年では健康的な面からも再評価されるなっている味噌ですが、毎日の味噌汁以外にも楽しみ方はいろいろあります。当店の能登牡蠣白味噌鍋は能登の名産品能登かきは勿論、味噌を楽しめる白味噌鍋です。まだまだ寒い日が続きますが、お鍋を囲んでご家族・ご友人とのひとときを楽しみませんか。
