2023/07/07 14:49

和食の歴史について、時代ごとにどういう変遷をたどって今があるのか、今週も掘り下げてみたいと思います。今回のブログは武士が台頭した鎌倉時代までについて記事にします。
和の食の全史:永山久夫書を参考としております。

 

1.農業生産力の向上

 

鎌倉時代になると、稲の収穫後に麦類を作る二毛作が開始となりました。そのほかにも牛や馬を農耕作業に使うようになったり、水を効率よく利用する水車の使用を開始したりと生産力が向上しました。

 

その結果、地産地消だった生産物(食料品・酒等)を外部にも販売する市場が生まれるようになりました。

 

市場が流通した結果、カツオが普及する等、これまで内陸部(京都)に政権があったため煮干しが常識でしたが、海に近い鎌倉に幕府ができたことで味覚に変化も生まれるようになっただけでなく、庶民も酒を飲む機会が増えたそうです。

 

このように食品が流通するようになった影響などを受け、食通が現れ、包丁人(料理人)がもてはやされるようになったそうです。

 

2.日本茶のルーツは鎌倉時代!?

 

日本にお茶(抹茶)の法を伝えた人物は、鎌倉時代の禅僧で中国に2度渡り茶種を持ち帰った「栄西」だと言われております。
抹茶法とは…乾燥精製した茶葉を小さな石臼で挽いて粉末にし、それを湯に注ぎ茶筅で掻き回して飲む喫茶法です。この鎌倉時代に喫茶の風習が始まり、栄西・道元によって禅宗が広められ、喫茶や精進料理も武士や庶民に取り入れられるようになりました。喫茶は禅宗と共におこり、精進料理は肉食を避け、和え物・ごま料理など料理が多彩化しました。

 

また、ようかんやまんじゅうも登場しました。

 

江戸になると砂糖の輸入が増え、砂糖入りようかんが定着化しますが、高価で貴重品だった砂糖を用いて、砂糖ようかんが登場したのは鎌倉時代です。他には、まんじゅうも中国由来ですが、間食が許されない僧侶の為に、中身を小豆あんにする現在にも至るまんじゅうの基礎となりました。

 

他にも、三々九度と呼ばれるお酌の儀も鎌倉時代がルーツです。

 

現代でも神前式には、大・中・小の3つの盃を使用して、新郎新婦がお酌をくみかわす(3つの盃で、3献ずついただく)三々九度の盃と呼ばれる儀が行われます。これは武士の飲酒のしきたりが継承されているものです。

 

現代にも続く食べ物や仕組み(市場)は、鎌倉時代にルーツがあるものが多々ありました。弊店も現在ではオンラインショップやふるさと納税から、一部地域を除き商品を全国へお届けできるようになりました。東京であまり見ない能登の地酒・地元産コシヒカリなど、料理屋が選んで取り揃えております。ぜひ当店オンラインショップから料理屋の味、能登の味をお楽しみくださいませ。


※写真は精進料理の一つともされる胡麻和え。

次回は室町時代以降の和食の歴史についてブログを書いていきたいと思います。